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広島主婦の自己破産体験ブログ

私の自己破産体験日記。自己破産・債務整理・過払い請求・消費者金融・ヤミ金融などの情報をきちんと身につけて…借金ゼロ、再出発を目指しましょう。

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ヒロシさん(35歳)の場合③

[借金地獄脱出・・・体験集] ] 2007/12/24(月)

手取り月20万円の給料からでは450万円の借金・生活費が足りなくなり、弁護士の先生に相談することになりました。

債務整理の方法を色々と教えてもらいましたが、ヒロシの場合…自己破産以外の方法で、例えば任意整理をした場合でも、月に12万円を支払うという結果となり、ヒロシの給与ではとても生活が成り立たちません。

自己破産寸前に至った経緯として、借金の理由が生活費であるということから、今後、成人に向けて養育費のかかる子供たちの将来のためにも、自己破産手続きをすることになりました。


自己破産後は、450万円の借金はチャラになりましが、伯母に借りた150万円は今でも節約しながら返済しているようです。

息子を抱えて目先の食べるものが食べられない状況にならいないよう、借金せずに返済を続けています。
妻が非協力的だったとはいえ、苦しい時こそ互いによく話し理解し合えば、お金を使ってウサ晴らすというバカのこともしなかったのではないか・・と。何よりも息子から母親を奪ってしまったということが一番後悔していますと…

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ヒロシさん(35歳)の場合②

[借金地獄脱出・・・体験集] ] 2007/12/23(日)

「自分だけ我慢するのはバカらしい!借金でもしてお金を使ってやる!」と意気込んでしまったヒロシは銀行ローンやサラ金、クレジットカードでお金を借りては競馬やパチンコやマージャンもやり、毎晩のようにキャバクラに通いました。

すぐに借り入れもできなくなり、生活苦を理由に伯母に150万円借りて、返済しての繰り返しの生活を送っていました。

こうして、1年半ほどでヒロシが作った借金は銀行が50万円、信販系が2社で60万円、サラ金が3社で90万円、伯母の150万円で総額350万円にもなりました。


「ろくに働きもせずに借金を重ね、給料も入れないでろくでなし」と、ヒロシに対して妻はさんざん悪態をつい、ヒロシはヒロシで、「もとはと言えばお前のせいだ」と怒鳴り散らす毎日が続き、家の中はすっかり険悪になり、妻は息子を置いて実家に帰り、1週間後に離婚届が届きました。

息子と2人になってしまったヒロシは、さすがに反省し借金返済の為に必死に働きました。実家に居候し、以前のように節約生活を始めました。

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ヒロシさん(35歳)の場合①

[借金地獄脱出・・・体験集] ] 2007/12/22(土)

ヒロシは、父が営む小さな工務店で働く職人でした。
結婚して、息子が生まれましたが、その頃からバブルがはじけた影響で仕事の受注が減り、給料が激減。ボーナスはカットされ、月給25万円から、20万円になってしまいました。

20万円収入があれば、実家に居候したり節約すれば一家3人で食べていける・・・と考えていましたが、5歳年下の妻は贅沢指向で世間知らずの為、嫁姑の仲が悪かったので、同居も難しかったのです。
ヒロシの給料激減のことを聞いても切羽詰まった様子はなく、狭いアパート暮らしはイヤだとか、節約はしたくないとか…結局は今まで通りに12万円のマンションに住み続けました。

給料から家賃を引くと、8万円しか残りません。
半年ほどは、ヒロシもお小遣いゼロの状況に耐えました。昼食は弁当持参か父のおごり。好きな競馬も予想して楽しむだけにした。たばこも分けてもらいながら…。

しかし、妻はというと息子の服やおもちゃは新しいものがどんどん増え、ごみ箱の中に化粧水8000円の空き瓶が捨てられていた時には、キレていたそうです。

「俺がこんなに苦労しているのにお前は何だ!」と・・・

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